思考錯誤

細々とオタク関連のあれこれを書いてます。

『まどか☆マギカ』に大騒ぎなみなさん、コンバンワ!


・『となんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!!』略して『兄好』あるいは『おちんこ』が面白い。
それにしても酷い略称である。が、面白いので『おちんこ』を使うw

タイトルからもありありと伝わる、深夜アニメ的「あざとい萌え」が、確信犯的にそれを繰り広げる妹によって妙な奥行きを与えられていて、かつそれがテンポ良く展開されるので、見ていて飽きない。

現代日本がハイコンテクストな社会である、というのは既にあちこちで指摘されている。
また同様に、オタク文化―その象徴たる「萌え」が、過去の文脈に依って成立している事も。
ツンデレは、読み手が言動の背後に存在する好意を察する事で成立する萌えであるし、それがお約束化(べ、別にあんたの事なんか(ryみたいなアレ)され用いられているし、萌え作品にはそうしたお約束が、過去の集積の結果として無数に散りばめられている。

『おちんこ』1話冒頭では「朝目覚めると妹が隣で寝ていた」というシーンがあるけれど、これ一つを取り上げても幾つかのお約束―「いつの間にかベッドに入り込んでくる妹」「毎朝起こしに来る妹」など―が存在していて、視聴者は容易にそれを読み取ることができ、さらにこの後スケベ系の展開があり、さらに恐らくは寸止めというオチだろう、と察する。

そこに、妹のモノローグである。
「さっさとやっちまえばいいのに」などと、お約束を確信犯的に(誤用)状況を作り出している事が明らかになる。兄への能動的アプローチなのだ。
そしてその兄は、そうしたお約束に対し極めてお約束通りの反応をするキャラクターである。
かくして『おちんこ』は、お約束を意図的に仕掛け状況をコントロールしようとする妹が、兄を攻略するという作品に仕上がっている。
何が基準なのか分からない「下半身隠し」が、これまでのお色気規制の文脈から一種のネタとして機能している点も面白い。


・今期アニメで、『おちんこ』と対称的なのが『IS』だろう。
ハーレムのために作られたかのようなあたまのわるい設定(失礼)や、セカンドヒロイン(?)を「セカンド幼馴染」と呼ぶところ、そしてなにより、それなりに広がりを持った設定にもかかわらず「学園+幼馴染とその家族」であらゆる要素が完結しているあたりに、主人公の圧倒的なセカイからの愛されっぷりを感じるのである。
要素の盛りっぷりに毒々しささえ感じなくもないが、その無邪気さはいっそ清々しい。


・『夢喰いメリー』は、コンテが独特で映像的には面白いけれど、物語的にも設定的にも魅かれる部分があまりない。
ダブルヒロイン(メリーと幼馴染)は両方とも新人声優が演じていて、特にメリーの演技は、その不慣れさがスタッフの演出によって可愛さに昇華していて(しかも本人は気づいていなさそう)、なんかいい。
3話で出て来たヤンデレ井口裕香がゲストっぽいので俺が死ぬ。コメディ要員だけじゃなく、こっち方面も増えて欲しいなあ。


・『放浪息子』
水彩画系(?)もここまで来たか、と言う感じ。
原作者が共通の『青い花』っぽいキャスティングだな、制作会社違ったはずなのにおかしいな、と思ったら音響監督が一緒だった。
両作とも、「トランスジェンダーと青春」みたいなテーマ性を表層に持っていて、その不安定さがメイン二人のそれとあいまって中々よい。
千葉紗子と南里侑香でtiarawayだったり、堀江由衣による脇の締め方が相変わらずイかしていたり、妙に俺得。


・『まどか☆マギカ』。
他人が騒げば騒ぐほど冷める捻くれメンタリティ発動中。
あんまり魔法少女に関心が無いのも大きい。
後藤邑子演じる母、新谷良子演じる友達を殺して(アスミスが出てきてやられれば完璧!)、文字通りのちだまりスケッチを完成させるまでの流れが見えた。


最近ずっと体調が悪いので、これしか見てません。
今敏監督作品『妄想代理人』を見た。
妄想代理人(1) [DVD]
妄想代理人(1) [DVD]
posted with amazlet at 11.01.08
アスミック (2004-04-28)
売り上げランキング: 28977
亡くなるまでずっと、「いまとし」って読んでいてすいません。
「こん さとし」ですね。



生活の中に、妄想が入り込む余地は無数にあって、それは何も「アイドルとセックス」とか「もし1億円拾ったら」みたいな叶うはずなのないドリーミーなものだけではなく、「今日は学校に行きたくないから風邪引かないかな」とか「寝坊しちゃったから、どうせなら電車遅れてくれないかな」みたいな言い訳・逃げ道的な軽いものもある。
フロイト先生を参照するまでもなく、ストレスへの対応として「逃避」が存在し、さらに個々人が置かれる社会的関係性の中では「逃避」にさえ理由を求められる。

本作の主人公・月子も、そうした逃避を求め、その理由を妄想する人物だ。
少し異なるのは、彼女が他人を巻き込み得るキャラクターを創造する、才あるクリエイターである、と言う点である。

彼女がストレスから逃避するために生み出した妄想「少年バット」は、まずそれを求める人によって模倣され、次第に「社会が求めるモノ」としての輪郭を持つ。
一人の妄想が、幾人か(明言されていないけれど、死ぬまでの事件でさえ狐塚単独のものではない)の手によって実行され、欲望が独立して存在するようになっていく様子は、社会を用いた儀式と映る。


月子と対照的な人物として、「少年バット」事件を追うベテラン刑事・猪狩がいる。
「最近の若い者は…」というボヤキが似合う彼は、しかしその欲望を月子のそれとイコールで描かれる。
月子のセカイがファンシーなマスコット「マロミ」ならば、猪狩のセカイは『三丁目の夕日』的な、義理や人情に満ちた「懐かしき過去」であり、色合いが異なるだけで逃避先・欲望の方向性としては変わらない事を明らかにされていく。

物語は、各人が各人と向き合う―月子は過去のトラウマと向き合う、猪狩は「居場所がないってことが俺の居場所なんだ」と認める―ことによって一応の終焉を迎えるが、社会を飲み込んだ幻想が一人の虚言から生み出されたように、その種はどこにでも存在することを仄めかされつつ、締めくくられる。

「自分と向き合う」という事は、言葉にすれば簡単だが実際たぶん難しくて、「「逃げている事」からも逃げている」事が多く、中々その存在を認知できない。
我々とはつくづく厄介な生き物である。

タイトルやあらすじを軽く見た限りでは、「少年バット」の正体を明らかしたり、あるいは妄想を実現する様子をダークヒーロー的に描いたものだ、という印象を受けるかもしれない。
しかしその実、現代的な「居場所のなさ」や「ストレスからの逃避」、そこに住み着くパラノイアを明らかにする作品になっている。

「真実を明らかにする」事を目的とした作品ではなく、実際どこまでが妄想でどこからが現実なのか、視聴者には分からない(あるいは分かりにくい)作りになっている。
現実と妄想の区別は、それを見ている当人につくものではない。
この瞬間、このブログを見ている事。それ自体が妄想である事を否定する術は、究極的にはないのだ。

この間就活で東京に行った時に見て来ました、エウレカ。
TVシリーズ版のファンだったのだけれど、話はまったく別物だという事で、どういう物なのか期待していました。

結論から言うと、これは良くない。
細かい部分はネタバレになるから避けるとして、説明的なシーンが多すぎる
色々と過去の出来事や世界に関わる重要な単語が出て来るんだけれど、事件を追う人物を通してそれを説明させ過ぎていると感じた。
そのせいで、すごくテンポが悪いと思う。

尺を長くするか、説明しなければならない物事を減らすか、語らずに分からせる部分を増やすべきかな、と感じた。

二人のラブストーリーってのも分かるけど、「エウレカー!」「レントン!」みたいなやり取りが多すぎかな、とも思う。

批判的な意見ばかり書いたけれども、見るべき所も勿論沢山ある。

やはりKLF・LFOの戦闘シーンの迫力は圧倒的だし、TV版のテーマの一つでもある「父殺し」という部分を思わぬ人物同士の対決で描くあたり、「おお!」と思わせる物もある。
TV版を知っているからこそ驚かされる展開が用意されていたりして、上手く仕掛けて来ているなー、と思った。
デューイの扱いがひどすぎるw

「TV版と違う」という点で批判するのは愚かな話。
だけど、単体の作品として素晴らしいと言い切れる出来でない、と感じたのも確か。

徹夜明けのあまり頭が回らない状態で見たので、拾えていない部分があるので、DVD版でもう一度確認したい。

蒼穹のファフナーを見た。
放映当時からエヴァっぽいとか散々言われていたようだけれど、やはり明確に「エヴァ越え」を狙った作品だなぁ、というのが正直な感想。
エヴァ以降のロボットアニメの宿命なんですかね。

主人公・一騎と総士、組織と組織、そして人類とフェストゥムという3つの関係における、ディスコミュニケーションを主軸に、「存在」について迫って行くというテーマであるように思う。

特に、一騎と総士とのすれ違いと「分かり合いたい」という思いのせめぎ合いの中で、フェストゥム的な「同化」という手段を如何に否定していくか、という部分が中盤からラストまでの中心になっていく。
その答えとして、不器用でも何でもとにかく「話し合う」「理解しようとする」ことの重要性と、「個」として「ただ存在する」ことへの全肯定が提示される。

人類とフェストゥムとの関係についても、「分かり合いたい」という思想を持ってフェストゥムに挑んだ一騎の母や、人間でありフェストゥムの融合体である総士の妹が一つの突破点となり、「個」を知らない存在であるフェストゥムが「個」を知り、生と死を理解することで、「存在」や「個」そのものへの全肯定と未来への可能性が示される。

簡単に言ってしまえばこんな所だろうか。
エヴァ後半において執拗に描かれた「僕を分かってくれない他者」とどう向き合っていくか、という問いに対するアプローチの一つである事は間違いないだろう。

が、ファフナーにおいて示された答えは、粗っぽく言えば「世界に一つだけの花」をシリアスにアニメ調で言い換えただけだと思うし、一騎たちほど「強くない」人(シンジ君みたいな)が取り残されてしまうのではないか、というのが正直なところ。
ここら辺が、この作品で俺がぼんやり感じた煮え切らなさの原因かもしれない。
まあ、テーマに対して必死に取り組んでいる様子がありありと伝わってくるので、否定するわけではないんですが。

あと、竜宮島(たつみや、と読むけど明らかに竜宮城と掛けてる)が子供たちにとっての「楽園」として設定されているのに、前半において「楽園」としての部分の描写に欠け、鬱一辺倒でメリハリがなかったのは非常に残念。
後半、冲方さんに脚本が変わってからは、うってかわって「明るい学園生活」と「死と隣り合わせの現実」の双方が描かれていて、非常に盛り上がった。
「感動」って、「感」情を「動」かすんだから、ちゃんと両方を描かないとダメですよね。

テーマとかは別にしても、作品の背景にあるであろう、膨大な設定に裏打ちされた良作だと思う。
様々な部分にちゃんと仕掛けが施されていて、作画とかの次元じゃない丁寧さを感じたし、真剣さ・力の入れようをひしひしと感じたので、OP曲やパチンコに釣られた人も、全話通して見てみるといいと思います。

ちなみに、番外編・蒼穹のファフナー RIGHT OF LEFTは、本編とはちょっと違って、過酷な状況においても希望を捨てない事、生命を「次」に繋げていく事の美しさを50分弱で描いた(ひょっとすると本編以上の)傑作なので、必見です。
亡念のザムド、全話視聴終了。
以前書いた、亡念のザムド 考察的な物からだいぶ考えが纏まって来たので、その整理と感想を兼ねた物を書いていきたいと思う。

テーマについて。
メインテーマは、母体回帰の否定で間違いないだろう。
「胎動窟に帰る」事(そうした考えにたどり着いてしまう人)を、「それでも考え続ける人」である主人公・アキユキに否定させる、という構図。

これを中心に、母体回帰周辺の話として、
・「父と母」の問題としてのアキユキの両親のすれ違いとその解決
・「親と子」の問題としてのミドリと両親の関わり
・「子と子」の問題としてのハルとミドリの感情の行き違い
辺りが置かれていて、それが上手くいかなかった人物として垣巣や汗馬がいるように思う。

また、否定する側の話として、
・内に秘めたヒルコとの共存
・ザンバ2号のメンバーとの関わりと別れ
・フルイチとの対決と、そこから自分を取り戻すまで
辺りがあるのだろう。

また、ヒルケン皇帝の出自とサンノオバの目的、そしてナキアミの想いを重ねる事で、また別の方向からの否定を持ってきている。

で、双方に共通するものとして、コミュニケーションが非常に重要なものとして描かれている。
それは例えば直接話すという事でもあるし、「自分と向き合う事」でもあるし、手紙を介した(この作品の象徴的な小道具である)ものでもあるのだけれど。
一番分かりやすいもので言えば、OPで、ハルが冒頭で投げる手紙を、アキユキが最後に受け取るという描写なんか。

テーマについて、個別でもうちょっと詳しく俺なりの考えを書きたいのだけれど、視聴方法のせいで見直す事が出来ないので、あまり深堀りし切れません。

これから見る人が、こんな部分に注目すればいいんじゃね?程度のものだと思っていただけば。


で、面白かったのか?
という部分なのだけれど、まあ俺は面白いと思います。
ただ、この作品の専門用語(ヒルコだのルイコン教だのと言った)を、あまりハッキリと説明しないでどんどん使ってきたり、言い回しが小難しかったりして、非常に見難いアニメであるとは感じた。
先に書いたようなテーマ性を重視しすぎなきらいがあったと思う。

また、絵のクオリティの割に、分かりやすく派手なシーンが少なく(エウレカの戦闘シーンのような)、ダレてしまいかねない部分もあった。
もっとアクションシーンがあるのかなー、と思っていたのだけれど意外と少なくて残念。

以前の記事にも書いたけど、わりとガチなアニオタ向けの作品だという印象。


配信方法についてアレコレ。
PS3での独占配信と言う事で、かなり視聴者が限られた訳だけれども、高画質のアニメを提供する、という面においては決して間違いでは無いのかもしれないとも思う。
また、内容が、「アニメにお金を払う事を躊躇わないような人」向けでもあったので、その点も一応考えられていたのかな、と思う。
でも、素人ながら、コレ単独で利益が出てるとはとても思えないので、結局パッケージ版が出る(PS3的に考えてブルーレイ)だろうから、それを考えると商売成り立つのかな?と思う。
俺は気に入ったので多分買うけど、中身を知らずにどこまで売れるのか、という点は疑問も感じるので、新作アニメをこうした形式で配信するのは難しいのでは無いだろうか。


そんな訳で、
まあ、機会があれば見てください。
スクールデイズ
PS2版スクールデイズの特典として付いてきたアニメ特別編の感想です。買う気は無かったんだけど、店頭で見かけて衝動買いしてしまった…。たぶんゲームの方は積みますが、アニメだけ見たんで感想行きます。
| ホーム |