こういうタイトルが、典型的な釣りタイトルだろう。
釣られた人、もしいたら乙です。
ブログタイトルによる「釣られ」は、ブログ主に謂れはあるのだろうか?
この記事を読んで思ったこと。
2ちゃんでも、ブログでも、その他ネットの色んな所で、「釣り」「釣られた」などといった言葉が頻繁に使われる。
そもそも、「釣られた」とはいかなる状態を言うのか。
俺が書いたこの記事のように、思わず読んでみたくなるような内容を匂わせたり、あるいは過激な内容を感じさせるようなタイトルをつけ、実際にはそれに沿わないような内容(いい意味でも、悪い意味でも)であった場合や、書いた本人が「釣りでした」などと宣言した場合、その記事をクリックしてしまった人は「釣られた」と言える。
基本的には、紹介した記事でりきおさんが仰っているように、タイトルと記事の内容が乖離していることで生まれる状態であろう(それが意図的か、そうでないかの違いはあるが)。
だが、それだけではない。
タイトル自体には大して特徴のない、ごく普通の場合であっても「釣られた」状態が発生する。
それは、思わず反応してしまいたくなるような内容であった場合である。
反応というのは、具体的にはコメント欄に反論・ツッコミのコメントを残したり、反論する記事を書きたくなったりといったアクションの事である。
この記事を書いてしまっているこの状態、これがまさにりきおさんに「釣られた」状態である。
だから、「釣り」は単なるタイトルと内容の問題ではない。
「釣られた」と言う人が多く発生するのなら、内容が多くの人にとって「良くない」ような、何か一言言いたくなるような内容である場合もあるのだ(無論、釣った側と釣られた側のどちらが正しい意見かは場合に寄るだろう)
また、釣るのは書いた本人ではなく、紹介したニュースサイト側なのではないか、という主張には賛同しかねる。
コメントを添えて紹介された場合、もしかしたらニュースサイト側が何らかの「釣ろう」という意図があるのかもしれない。
コメント無しの場合でも、もしかしたら「晒してやろう」という悪意がある場合だってあるかもしれない。
だが、そうした場合でも、「釣らせ」たくなるような記事を書いたのは誰だろうか?
ニュースサイターにそのような思いを抱かせたのは誰だろうか?
紛れも無く、記事を書いた本人である。
よって、誰かの悪意があろうが無かろうが、その記事によってもたらされた反応をしっかり受け止めなければならない。
それは同時に、書いた本人にしか得ることの出来ない宝であるとも思う。
「釣り」や「炎上」のようなネガティブな反応だけでなく、「面白かった」「なるほどと思った」といった、ポジティブな反応も返ってくることだってある。
これは、(かなり言い方が悪いことを承知で言うが)ニュースを紹介する「だけ」では決して得られないと思う。
書くことでしか得られない、ブロガーの特権だ。
そして俺は、そんなささやかなプライドを持ってブログを書いている。
いつの間にかキモイ自分語りになってた。
釣られた人、もしいたら乙です。
ブログタイトルによる「釣られ」は、ブログ主に謂れはあるのだろうか?
この記事を読んで思ったこと。
2ちゃんでも、ブログでも、その他ネットの色んな所で、「釣り」「釣られた」などといった言葉が頻繁に使われる。
そもそも、「釣られた」とはいかなる状態を言うのか。
俺が書いたこの記事のように、思わず読んでみたくなるような内容を匂わせたり、あるいは過激な内容を感じさせるようなタイトルをつけ、実際にはそれに沿わないような内容(いい意味でも、悪い意味でも)であった場合や、書いた本人が「釣りでした」などと宣言した場合、その記事をクリックしてしまった人は「釣られた」と言える。
基本的には、紹介した記事でりきおさんが仰っているように、タイトルと記事の内容が乖離していることで生まれる状態であろう(それが意図的か、そうでないかの違いはあるが)。
だが、それだけではない。
タイトル自体には大して特徴のない、ごく普通の場合であっても「釣られた」状態が発生する。
それは、思わず反応してしまいたくなるような内容であった場合である。
反応というのは、具体的にはコメント欄に反論・ツッコミのコメントを残したり、反論する記事を書きたくなったりといったアクションの事である。
この記事を書いてしまっているこの状態、これがまさにりきおさんに「釣られた」状態である。
だから、「釣り」は単なるタイトルと内容の問題ではない。
「釣られた」と言う人が多く発生するのなら、内容が多くの人にとって「良くない」ような、何か一言言いたくなるような内容である場合もあるのだ(無論、釣った側と釣られた側のどちらが正しい意見かは場合に寄るだろう)
また、釣るのは書いた本人ではなく、紹介したニュースサイト側なのではないか、という主張には賛同しかねる。
コメントを添えて紹介された場合、もしかしたらニュースサイト側が何らかの「釣ろう」という意図があるのかもしれない。
コメント無しの場合でも、もしかしたら「晒してやろう」という悪意がある場合だってあるかもしれない。
だが、そうした場合でも、「釣らせ」たくなるような記事を書いたのは誰だろうか?
ニュースサイターにそのような思いを抱かせたのは誰だろうか?
紛れも無く、記事を書いた本人である。
よって、誰かの悪意があろうが無かろうが、その記事によってもたらされた反応をしっかり受け止めなければならない。
それは同時に、書いた本人にしか得ることの出来ない宝であるとも思う。
「釣り」や「炎上」のようなネガティブな反応だけでなく、「面白かった」「なるほどと思った」といった、ポジティブな反応も返ってくることだってある。
これは、(かなり言い方が悪いことを承知で言うが)ニュースを紹介する「だけ」では決して得られないと思う。
書くことでしか得られない、ブロガーの特権だ。
そして俺は、そんなささやかなプライドを持ってブログを書いている。
いつの間にかキモイ自分語りになってた。
| ホーム |




