なんだかどれもが見たことがあるようで、ありがちな、そんなものが溢れている。
オタク文化全体に、いわばマンネリ感が漂っているように感じるのだ。
今回は、それについて考えてみた。
以下、長文・駄文につき興味のある方のみ続きからどうぞ。
それなりのオタクだと自覚している俺がいくつか代表的なものを挙げてみる。
ひぐらし、Fate、ゼロ魔、ハルヒ、マブラヴ、CLANNADを始めとするkey作品、ガンダム、エヴァと言った所であろうか。
もちろんすべてを網羅しているわけでもないし、それが出来るとも思わない。また、俺の個人的嗜好が多分に含まれていることも否定しない。
だが、先ほど俺が挙げた作品以外にいったいどれだけ挙げることが出来るだろうか。おそらくこの他に思いつく作品はそれほど多くないに違いない。
そして、そのどれもに共通しているのが、ここ1年に発表された作品ではない、と言うことだ。
幾つか具体的な日付を書くと、ひぐらしは2002年に発売された(2006年まで続くのだが)作品であり、Fateは2004年に発売されている。また、ゼロ魔は2004年から続くシリーズである。
ここ1年(もっといえば数年)オタクの主流は大して変化しているとは思えない。
確かにこの間にも、一定の人気を得た作品は多数生まれている。
だが、継続的な人気を得るまでには到っていないのがほとんどであろう。
例を挙げるなら「らき☆すた」だろうか。
放送当時はかなりの盛り上がりを見せたこの作品だが、終了と同時に急速に人気が衰えたように感じる(実際そうであろう)。
PS2で発売されたゲーム版がAmazonで40%引きと値崩れしている(しかも特典つき)こともそれを示す事実として挙げられる。
らき☆すたの分析は置いておくとして、本題に戻る。
最近生まれた作品は、これら先に挙げた作品と照らし合わせて、「ここがエヴァ的だ」とか、「Fateのパクリじゃん」、「Key作品の焼き直し」、「長門のパクリ」といった批判を浴びることが非常に多い。
つまり、人気作品と(それだけでなく既存のあらゆる作品と)どこか似ている部分が多いのだ。
これには理由があるのだが、それを正確に言い当てるだけの能力が俺にはないので、思いついたものをいくつか挙げたいと思う。
まず、ジャンルの細分化が挙げられる。
これはすぐにイメージできると思うのだが、最近特にジャンル・属性の細分化が著しい。
メイド、巫女、ツンデレ、幼馴染、無口、ヤンデレ…。一瞬で思いついただけでもこれだけの属性がある。
また、2ちゃんなどでもしばしば話題になる「新ジャンル」ネタや、同人誌によるジャンル・属性の発見・発展など、日々ジャンルの細分化が進んでいる。
このような状態では、どの作品とも似ていない、独自性の強い作品と言うのは生まれにくい。
特に、最初に挙げたような作品はそれ自体がひとつのジャンル・属性となってしまっており、その呪縛から逃れるのは大変困難であろう。
次に、メディアミックスだろう。
メディアミックスとは、周知の通りひとつの作品をアニメ・マンガ・・ノベル・ゲーム・フィギュア
その他グッズ…とあらゆる分野で展開する方法である。
最初に挙げた作品はどれもメディアミックス展開で成功を収めた作品でもある。
そして、その本質とは何か。それは紛れも無くオタクの囲い込みである。
囲い込まれた状態では、消費者であるオタクは他の新規作品に興味を示しにくいだけでなく、過度に作品を特別視する、いわゆる信者を生み出しやすい。
そして、信者は他のどの作品にも「この作品は○○のパクリ」と言った発言をしがちである。
信者とまでいかなくとも、1つの作品に浸りすぎると、わずかな共通点でもそれをパクリだ、というような違和感を感じやすい。
最後に、作り手の問題。
しばしば大物クリエイターが、「アニメばかり見ているような奴にいい作品は作れない」とか、「もっと色々な経験を積め」といった趣旨の発言をするが、まさにそれで、作り手側が過度にオタクかしていると言うことだろう。
先にあげたような原因が、作り手自身にも少なからず影響を与えているのだ。
最近同人上がりの漫画家が増え、また、既存の作品をパロディする作品が人気を集めているのもこの点を端的に表しているようで興味深い。
思えば、今オタク文化においてもっとも重要な「萌え」という概念自体が価値の再発見的な色が大変強い。
例えば、メイドや巫女は、オタク文化が生み出したものではなく既存の文化・風習から「萌え」のエッセンスを見出したものであるし、ツンデレだって以前にもツンデレ的要素をもったキャラクターは多数居た(ちょっと違うがべジータとか)。
「萌え」自体があまりクリエイティブではないのだ。
そして、その「萌え」を意識して作られた作品は自然といままであった何かと似たものになりがちである。
では、これからオタク文化はどうなるのか。
最近問題視されつつある、同人誌業界のバブル的傾向のように(同人誌文化自体も言うまでも無く模倣的色合いが大変強い)、オタク文化は飽和し始めている。
ゲーム業界のかつてのアタリショック(知らない方はググってください)のように、市場自体が急速にしぼむ可能性を考えなければならない。
オタクの端くれとして、何か解決策が無いかと考えてみたが、俺の力不足で具体的な案は示せない。
だが、安易な萌え作品、作り手のオナニーはマンネリ感を増大させるだけである、と言うことだけは指摘しておきたい。
あいかわらずまとまりの無い文章ですが、最後まで読んでくれた方ありがとうございます。
長文・駄文失礼しました。
大よそ共感はできましたが、クリエイター側から言わせてもらうなら、そういった「マンネリ作品」しか、“売れない”という事情もあるようです。
私は以前某ヲタ向け雑誌で漫画を描く事になった時、常々あなたと同じような事を思っていたので、斬新で実験的な漫画を描こうとしました。
萌え系漫画でありながら、美少女キャラを前面に出さずモブとして用い、萌え漫画の世界の異常性をSF的考察を用いて描く、というものでした。
しかし、打ち合わせの段階で編集からボツをくらい、修正された内容は、私が出した企画のキャラクター部分だけを残した、美少女モノにありがちな、実にありきたりな内容でした。
編集曰く「美少女キャラを前面に押し出した内容じゃないと売れない」「ある程度既視感のある内容じゃないと売れない」との事でした。
私は「そんな何かのパクリのような作品は作りたくない!」と断固として反対しましたが、その結果は「ならもう結構です」でした。
斬新なオリジナル作品を作ろうとしたばっかりに、私は仕事を失ったのです。
作り手側がどんなに斬新なものを作ろうと思っていても、金にならなければ、出資者や消費者が金を出さなければ駄目なのです。
(月型やひぐらしや東方がヒットしたのは、そういった問題を無視した同人だから、既成の枠に囚われずに済んだからと言えると思います。)
言うなれば、今のオタク文化に漂うマンネリ感は、オタク自身が望んだ結果だと思います。
オタクがもっと斬新な作品に金を出していれば、世の中には斬新な作品が増えたことでしょう。
2009.08.23 22:26 URL | 通りすがり #Xl4F8FtY [ 編集 ]
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